お笑いタレントの劇団ひとりさんといえば、役者、小説家、映画監督と、多彩な才能を発揮していますよね。
『青天の霹靂』『浅草キッド』の監督として高く評価されており、今後の活躍も期待されています。
そんな劇団ひとりさんですが、若い頃が「可愛い!」と話題になっているようです。
今回は、劇団ひとりさんの若い頃について、調査しました!
それでは、どうぞご覧ください。
劇団ひとりの実家の家族構成

劇団ひとりさんの家族構成は、両親と兄、妹の5人です。
父親:JAL国際線パイロット
母親:川島育子さん
長男:4歳上で早稲田大学法学部卒業後、映像関係の仕事をしている
本人;劇団ひとりさん
長女:4歳下で看護師
父親はJALのパイロットだったということで、裕福な家庭に育ちました。
母親の川島育子さんも、元CAで、JALの国際線で活躍していたそうです。
育子さんは北海道小樽市出身で、ミス札幌に選ばれたこともあるほど、才色兼備な方なんですね。

2005年には、『リンカーン』の「おかんビジュアルクイーンコンテスト」で、グランプリに輝いたことも。
現在は、マナー講師として全国各地で講演をしており、「顧客との信頼関係を築くマナー術」を教えています。

2000年に『有限会社コムニケーションズ・アソシエイト』を設立し、社員教育講師となりました。
劇団ひとりの若い頃がかわいい!幼少期は海外生活

小学校2年生~5年生まで、父親の仕事の都合でアラスカのアンカレッジに住んでいます。
劇団ひとりさんは、帰国子女だったのですね!
当時は現地の学校に通学し、週1回日本人学校にも通っていました。

おにぎりをクラスメートに奪われ、キャッチボールに使われるというイジメを受けたことも。
日本車の貿易摩擦などがあり、日本ヘイトが取り上げられていた時期だったので、日本嫌いな生徒もいたそうです。

成績は優秀でしたが、アラスカの学校は授業が遅れていたので、帰国後は日本の授業についていけなかったそうです。
のちに両親とラスベガス旅行に行った際は、母親から『あなたはこの街でできたのよ』と言われたそうですよ。
父親は顔を真っ赤にして笑っていたそうです(笑)
劇団ひとりの学生時代はヤンキーだった

私立の一貫校である市川中学校の受験に失敗し、千葉市立幕張本郷中学校に進学。
剣道部に入部するも、すぐに辞めています。
当時は金髪にパンチパーマという、こてこてのヤンキーだったそうですよ。
高校時代に「バーテックス」というコンビを組んだ相方は、隣の中学校の番長で、その中学校に乗り込んで行ったことも。
それがきっかけで、お笑いコンビを組むことになったそうです。
高校入学後もヤンキーで、「ビー・バップ・ハイスクール」の変形学生服を買うために、引越しのアルバイトをしていたとか。

劇団ひとりさんは千葉県立京葉工業高等学校機械科に入学するも、1年ほどで中退しています。
その後、千葉県立船橋高等学校定時制普通科に進学。

『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』のコーナー「お笑い甲子園」に出場していました。
1996年、太田プロダクションに所属し、同期には有吉弘行さんがいたそうです。
2000年にピン芸人「劇団ひとり」になってからは、バラエティ番組に出演したり、マルチタレントとして活動しています。
劇団ひとりの若い頃まとめ
今回は、劇団ひとりさんの若い頃について、紹介しました。
劇団ひとりさんは少年時代からとっても可愛くて、お坊ちゃま育ちだったのですね。
中学・高校はヤンキーでしたが、見た目だけでそこまで悪事をしていたわけではなく、クラスの人気者だったようです。
今後の活躍にも注目ですね!
最後までお読みいただき、ありがとうございました。